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RESTAGE STORY

4畳半から、
リユースの社会インフラへ。

― 何度でも、もう一度舞台に立つ。―

SMALL BEGINNINGS, A BIGGER TOMORROW.

これは、成功した会社の歴史だけを振り返る物語ではない。
何もなかったところから始まり、人と出会い、
失敗し、何度も危機を迎え、そのたびに仲間と立ち上がってきた、
リステージの物語。

代表取締役 高鉾 龍
CHAPTER 01

何もなかった。だから、何でもやった。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

富山で育った少年

MY ROOTS IN TOYAMA

富山県で育つ。中学校を卒業して高校へ進学するが、しばらくして退学。

その後、とび職、塗装業などを転々とする。

17歳から24歳までは、大工として働いた。

この頃は、会社をつくろうとも、経営者になろうとも思っていなかった。

ただ働いて、生きていた。

あの頃の経験が、今の自分の土台になっている。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

24歳、東京へ。

A NEW STAGE AT 24

ある日、父が心臓の病を患った。

父から、「兄弟のどちらかに仕事を手伝ってほしい。」と言われる。

兄と話し合った結果、私が富山を離れることになった。

24歳。友人たちのいる富山を離れ、東京へ。

父が営んでいた骨董業を手伝い始めた。

人生で最初の、大きな転機だった。

故郷を離れたあの日、人生が動き出した。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

「自分で集めて、
自分で売りたい。」

父の骨董業を数か月手伝った。しかし、次第に物足りなさを感じるようになった。

「自分で商品を集めて、自分で売ってみたい。」

25歳。誰かに教えてもらったわけではない。

独学で商品を集め、古物市場へ持ち込み、オークションで販売するようになった。

やってみたい。その気持ちが、すべての始まりだった。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

一軒、一軒、
訪ね歩いた。

ONE HOUSE AT A TIME

骨董品を集めるため、さまざまな県の田舎を回った。一軒、一軒、家を訪ね歩く。

当時は富山の方言が強く、標準語を話すことにも非常に苦労した。それでも、一日で集まらなければ、次の日も回った。ハイエースがいっぱいになるまで、何日でも訪ね歩いた。

いっぱいになったら、東京へ戻る。八王子の骨董市場で売る。朝の蚤の市にも出店する。

そして、また地方へ向かった。

知らない町、知らない人。それでも、扉をノックした。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

最初の倉庫は、
4畳半だった。

A 4.5 TATAMI WAREHOUSE

26歳頃。初めて「倉庫」を借りた。

それは――八王子の古いマンションの、4畳半の一室。

大きな倉庫もない。社員もいない。資金もない。

集めた商品を4畳半の部屋に運び込み、売っては、また集めに行く。

現在のリステージの物流拠点の原点は、この4畳半だった。

小さな部屋が、すべての始まりだった。

第1章|何もなかった。だから、何でもやった。

今日のガソリン代を稼ぐ。

EARNING TODAY'S FUEL

当時を振り返れば、「今考えると、チンピラそのものだったと思う。」

アルバイトの面接にも通らない。ガソリンスタンド。シロアリ駆除。

標準語もうまく話せない。友達ありきだった自分に、東京では友達もいない。

毎月の養育費と、自分の生活費も十分に稼げない。

早朝から粗大ごみを見て回り、売れそうなものを探したこともあった。

今日のガソリン代。今日の食事代。それを何とか稼ぐことに、必死だった。

仕事がなければ、今日のガソリン代もない。でも、やるしかなかった。

CHAPTER 02

人との出会いが、商売を変えていった。

第2章|人との出会いが、商売を変えていった。

骨董から、
リユースへ。

FROM ANTIQUES TO REUSE 27歳〜32歳|「Restage」が生まれる

商品を集め続けていると、骨董品や古道具より、比較的年式の新しい家具や家電などが集まるようになった。

同業者から、ある古物オークションを紹介され、リサイクル品を持ち込むようになる。

さらに、「そんなに荷物が集まるなら、横浜の大きな古物市場へ持って行った方がいい。」と紹介される。

27歳。商売が「骨董」から「リユース」へ変わり始めた。

人との出会いが、商売の景色を変えた。

第2章|人との出会いが、商売を変えていった。

電話帳と、
一冊のノート。

PHONE BOOK AND A NOTEBOOK

もっと商品を集めたい。そこで考えた。「不用品は、どこから出るのか。」

電話帳を開き、不用品が出そうな会社を探した。東京・神奈川の中間処分場。引越会社。

一社ずつノートに書き写し、ひたすら訪問営業をした。

その頃、父から言われた。「思ったことや、事業の構想はノートに書いた方がいい。」

それから、営業先だけではなく、思いついたこと。やってみたい商売。事業の構想。すべてノートに書くようになった。

CRMもない。営業リストもない。事業計画書もない。あったのは、電話帳と一冊のノートだった。

そして、この習慣は今にもつながっている。考える。書く。シミュレーションする。そして動く。

思いついたことは、まず書いてみる。

第2章|人との出会いが、商売を変えていった。

「Restage」という名前。

THE NAME 'RESTAGE'

毎日、限界まで働いていた。朝から夜までトラックに乗り、商品を集め、運び、売る。その毎日。

必ず通る道があった。横浜市港南区の大通り。そこに、「リステージマンション」という、当時新築だったと思われるマンションの大きな看板が立っていた。

そこには、きれいな海辺と、パラソルのある風景。

今日の売上。ガソリン代。次の仕入れ。明日の仕事。そんなことばかり考えて走っていた自分にとって、その看板を見る時間だけは、少し癒された。

そして、いつも思った。「いつか、こんな場所に行きたいな。」

毎日見ているうちに、「リステージ」という言葉が、自分にとって特別なものになった。「この名前を、自分のシンボルにできないだろうか。」そう考えるようになった。

「再び舞台に立つ」という意味を重ね、当時目にしていたLISTAGEという名前を、自分なりにRestageへ変える。

これから「Restage」を、自分のシンボルにして活動しよう。そう心に決めた。

あの看板が、人生の景色を変えた。

第2章|人との出会いが、商売を変えていった。

その名前が、
会社になった。

THAT NAME BECAME A COMPANY

訪問営業を続ける中で、ある総合物流会社の所長と取締役に出会った。

「面白いことをやっている。」そう評価してもらい、大手商社グループの会社を紹介してもらった。

そこで部長から仕事を評価され、「取引するなら、法人を作れ。」と言われる。

29歳。ずっと自分のシンボルにしようと思っていた名前を、会社の名前にした。

リステージ株式会社 設立。ここから、オフィス案件との出会いが始まった。

人との出会いが、商売を変えた。

第2章|人との出会いが、商売を変えていった。

誰も欲しがらないものを買った。
そして「チーム働きバチ」。

TEAM HATARAKI BACHI

当時、オフィス家具には買取業者がいた。しかし、それ以外のものは、ほとんどが廃棄物だった。

そこで考えた。「だったら、その『それ以外』を自分が買おう。」

家具以外のさまざまな物品を、ひたすら買い取った。誰かが「いらない」と言ったものに、もう一度価値を見つける。

そして、私を見出してくれた取引先の部長から、言われた言葉がある。「俺のチームに入れ。」「うちのチームには、働きバチしかいない。」

「我々は、チーム働きバチだ。」仕事への向き合い方。信用を積み上げること。チームで結果を出すこと。ここで学んだことは、現在のリステージにも生きている。

その後、最初のリステージ株式会社を、当時の友人に譲った。その会社は、後に社名を変えて歩みを続けることになる。

2009年。32歳。新たに株式会社リステージを設立。現在につながるリステージが、本格的に動き始めた。

捨てられるものの中に価値がある。その発見が、すべての始まりだった。

CHAPTER 03

会社が潰れそうになって、生まれたもの。

第3章|会社が潰れそうになって、生まれたもの。

集めれば集めるほど、
苦しくなった。

THE MORE I COLLECTED, THE HARDER IT GOT. 2009〜2014|最大の危機とオークション誕生

仕事は増えていった。気がつけば、一週間で4t車数十台分。

一つの市場では、降ろせる量にも限界がある。横浜。名古屋。神戸。10t車を何台も走らせ、各地の古物市場へ商品を流通させた。

しかし、一度自社倉庫へ入れる。仕分けする。もう一度積む。各地へ運ぶ。

売れば売るほど、二次運搬費がかかる。集めれば集めるほど、倉庫代がかかる。

仕事は増えている。でも、会社は苦しくなっていった。

集めた先に見えたのは、希望ではなく、限界だった。

第3章|会社が潰れそうになって、生まれたもの。

都心の大型ホテル。
そして、助けてくれた人。

THE BIG HOTEL AND THE PEOPLE WHO HELPED

そこへ入った大型案件。都心の大型ホテル。ホテル全体から発生する、什器・備品・厨房機器・小物・雑貨類など、ありとあらゆる物品の買取。数か月工程の大規模案件だった。

そのために、4t車を1日14台〜25台分手配。厨房機器の解体作業員を1日10名手配。

ところが――案件開始から、わずか数日でストップ。直後にキャンセルをかけた。それでも、約1か月分のキャンセル費用が発生した。

二次運搬費。倉庫固定費。大量のキャンセル費用。会社が、本当に立ち行かなくなった。

当時の社員は5名。私はみんなに、「これ以上、会社を続けられないかもしれない。」と頭を下げた記憶がある。

その時、手を差し伸べてくれた人がいた。取引先の社長だった。

「あきらめるな。頑張れ。」そう言って、仕事をくれた。さらに、「仕入金額の支払いは、いつでもいい。」「何しろ復活しろ。」と言ってくれた。

社員たちも残り、一緒に戦ってくれた。

会社は、お金だけでは復活できない。「まだやれる」と信じてくれる人が必要だった。自分一人では、ここを乗り越えることはできなかった。

困難の先に、本当のつながりがあった。

第3章|会社が潰れそうになって、生まれたもの。

「やめる前に、
これだけはやりたい。」

BEFORE QUITTING, THERE WAS SOMETHING I WANTED TO DO.

会社がなくなるかもしれない。それでも、支えてくれる人がいる。だったら、簡単に終わるわけにはいかない。

そして考えた。商売をやめる前に、どうしてもやりたかったことがある。自分たちのオークションをつくる。

同業の大御所たちから、圧力を受けることもあった。しかし、それどころではなかった。会社の生死がかかっている。

ここに、すべてをかけよう。

本当にやりたいことが、人を動かす。

第3章|会社が潰れそうになって、生まれたもの。

2012年、
15社から始まった。

FIFTEEN COMPANIES, A NEW BEGINNING.

2012年。既存取引先15社で、リステージオークションをスタート。最初は、アナログな古物市場だった。

そして、会社が苦しい時に助けてくれた、あの取引先の社長とともに、リステージオークションへ、ひたすら商品を集め、販売していった。

宮城県大崎市にも、会場をつくった。しかし、2年で撤退。成功だけではなかった。失敗する。考える。変える。また挑戦する。

そして、荷物を集める人。運ぶ人。商品を並べる人。売る人。精算する人。朝まで片付ける人。

リステージオークションは、一人ではつくれなかった。

一人ではできない。だから、仲間がいる。

第3章|会社が潰れそうになって、生まれたもの。

売上は伸びた。
でも、人間が限界だった。

SALES GREW. BUT PEOPLE HAD THEIR LIMITS.

2014年頃。オークションの出来高は、毎週800万円〜1,000万円規模。

しかし、すべてがアナログ。帳場入力。精算。オークション進行。

夜までオークションを行い、仕分けと片付けをすれば、翌朝になる。

売上は伸びている。でも、このままでは人間がもたない。

そこで決断した。オークションを電子化する。

成長の先に見えたのは、人の限界だった。

CHAPTER 04

「物を見なければ買えない」を変える。

第4章|「物を見なければ買えない」を変える。

誰もやっていないなら、
自分たちでつくる。

IF NO ONE HAS DONE IT, WE'LL CREATE IT OURSELVES. 2014〜2016|電子化という大きな転機

2014年。システム開発会社とともに、要件定義を開始。

新しい仕組みを考える。試す。直す。また試す。

そして2016年。会員各社へ、新しいオークションについて、数か月かけて説明会を行った。

社員も、新しい運営方法を覚える。会員にも、新しい買い方を理解してもらう。

会社だけが変わっても、オークションは変わらない。みんなで、新しい市場をつくる必要があった。

みんなでつくる。それが、未来につながる。

第4章|「物を見なければ買えない」を変える。

2016年10月。
「物を見なければ買えない」
を変える。

CHANGING THE COMMON SENSE OF AUCTIONS.

電子化されたリステージオークションがスタート。

当時の古物市場には、「実際に物を見なければ仕入れはできない。」という考え方があった。

電子化によって、遠方からでも参加できる。会員集客エリアも広がる。「物を見なければ買えない」という概念を変える。

これは、現在のリステージにつながる、最大級の転機の一つになった。

しかし、これも一人では実現できなかった。社員。システム開発のパートナー。会員企業。取引先。みんなで、業界の新しいやり方に挑戦した。

場所にとらわれない。だから、もっと多くの人につながる。

CHAPTER 05

東京から全国へ。そして二つの危機。

第5章|東京から全国へ。そして二つの危機。

2018年、
大阪・福岡へ。

TO OSAKA, TO FUKUOKA, AND ACROSS JAPAN. 2018〜2020|大阪・福岡、そしてグループ会社

電子化の次に目指したのは、全国展開。

2018年。大阪・福岡オークションを開始。東京でできたことを全国へ広げる。

しかし――会場をつくれば成功するほど、商売は簡単ではなかった。思うようにいかない。

会員集客。商品の確保。現地での運営。さまざまな課題が出てくる。

それでも、現地で一緒に動いてくれる仲間たちと、試行錯誤を続けた。

東京で成功したやり方が、そのまま全国で通用するわけではなかった。

同じやり方は通用しない。だから、現地で考える。

第5章|東京から全国へ。そして二つの危機。

2020年。
「ここで終わらせない。」

WE WON'T LET IT END HERE.

2020年。大阪会場を運営していたパートナー企業が、経営危機に陥る。

撤退する選択肢もあった。しかし、「ここで終わらせない。」

私は大阪へ引っ越した。パートナーによる運営から自社運営へ切り替え、社員・現場の仲間たちと、大阪会場の再建に取り組んだ。

その苦境の中で考えた。東京。大阪。福岡。なぜ、三つの市場を別々に運営しなければならないのか。

43歳。ここから生まれたのが、全会場同時開催 × 幹線輸送システム。

東京・大阪・福岡を、一つの市場としてつなぐ。会場間の垣根を越えて、商品が落札されるようになった。

危機が、新しい仕組みを生んだ。

つなぐことで、もっと大きな市場が生まれる。

第5章|東京から全国へ。そして二つの危機。

最後は、
私が責任を果たす。

IN THE END, I WILL TAKE RESPONSIBILITY.

同じ2020年4月。もう一つ、大きな出来事が起きていた。

かつて、最初のリステージ株式会社から生まれた、ある会社。主要取引先の社内問題によって、取引が激減。事業継続が困難になり、前代表から相談を受けた。

最初のリステージから続いてきた会社。自分が始め、その後、友人へ譲った会社だった。だから、他人事にはできなかった。

会社が倒産する前に、事業を引き受けることを決めた。そして、「最後は、私が責任を果たす。」と決意した。

リステージと、その会社。二つの会社を同時に背負うことになった。

最後まで向き合う。それが、始めた者の責任だ。

CHAPTER 06

会社は、数字だけでは動かない。

第6章|会社は、数字だけでは動かない。

1.5億円から4.2億円。
それでも。

NUMBERS ARE NOT EVERYTHING. 2020〜2024|再建と第二創業

引き受けた会社の再建に取り組んだ。その後、売上 約1.5億円 → 約4.2億円まで成長した。

数字だけを見れば、再建は進んでいるように見えた。

しかし、前代表から引き継いだ社員たちと、自分の経営のやり方が合わなかった。結果として、全員が退職することになった。

ここで改めて学んだ。売上を伸ばせば、会社が良くなるわけではない。仕組みをつくれば、人がついてくるわけでもない。

会社は、数字だけでは動かない。最後は、人だ。

2024年。その会社は、リステージ環境ビジネス株式会社となり、リステージグループへ合流した。

会社は数字だけでは動かない。最後は、人だ。

第6章|会社は、数字だけでは動かない。

2023年。
月300万円増の決断。

A BOLD DECISION TO INVEST IN TOMORROW.

その一方で、リステージオークションにも、大きな波が来ていた。

当時の東京会場は、「古くてもいい。広くて、なるべく賃料が安い方がいい。」という考えで、2拠点の倉庫を使っていた。

そこへ、賃貸契約の更新。地代が大幅に上がることになった。

ちょうど同じ頃、ある物流パートナーから、倉庫同居の提案を受ける。大型物流施設へ移れば、会社の環境は大きく変わる。

しかし――固定費は、月約300万円増える。大きなリスクだった。

一方で、その先には、物流パートナーとの協業という大きな可能性があった。

固定費を恐れて、今のまま残るか。リスクを取って、未来へ進むか。未来を選んだ。

リスクを取るか、今のままか。選んだのは、未来だった。

第6章|会社は、数字だけでは動かない。

大きくなるために、
会社を分けた。

A NEW STRUCTURE FOR A BIGGER FUTURE.

固定費が、月約300万円増える。だったら、今までと同じ成長速度ではいけない。

もっと営業を強くする。もっとオークションを成長させる。もっと判断を速くする。それぞれの事業に、責任者を置く。

この大きな波を乗り切るためには、会社そのものを変える必要がある。そこで決断した。分社化。

環境ビジネス。ロジスティクス。オークション。そして、それらを束ねるホールディングス。

会社を分けることが目的ではなかった。急成長するために、会社の形を変えた。

会社の形を変えたのは、もっと大きくなるためだ。

CHAPTER 07

自分たちだけでは、社会インフラにはなれない。

第7章|自分たちだけでは、社会インフラにはなれない。

物流パートナーと考え続けた
2年間。

TWO YEARS OF THINKING TOGETHER.

大型物流施設への移転をきっかけに、物流パートナーとの関係は、単なる倉庫同居から、「一緒に何かできないか。」という関係へ変わっていった。

物流パートナーには、全国へ商品を届ける物流の力がある。リステージには、商品を引き取り、価値を見つけ、オークションで再流通させる力がある。

物流 × リユース。これを組み合わせれば、今までにない仕組みができる。そう考え、約2年間、協業スキームを考え続けた。

しかし――どうしても越えられない壁があった。

越えられない壁があった。それでも、考え続けた2年間。

第7章|自分たちだけでは、社会インフラにはなれない。

最後のピースが、
足りなかった。

THE LAST PIECE WAS MISSING.

壁になったのは、廃棄物に関する法的要件。

企業や家庭から出てくるものは、すべてがリユースできるわけではない。売れるもの。売れないもの。再利用できるもの。廃棄物になるもの。

それらをどう整理し、法令を守りながら、全国規模の仕組みにするのか。何度考えても、ここをクリアできなかった。

構想はある。物流もある。リユースする力もある。でも、最後のピースが足りない。

そこで物流パートナーと話し合った。「自分たちだけで解決できないなら、できる会社と一緒にやろう。」

自分たちだけで解決できないなら、できる会社と一緒にやろう。

CHAPTER 08

最後のピースとの出会い。

第8章|最後のピースとの出会い。

物流パートナーがつないでくれた
出会い。

A MEETING THAT CONNECTED THE FUTURE.

物流パートナーが出会い、リステージへつないでくれた会社。大手資源循環グループの一社。

法令。資源循環。金属。廃棄物。自分たちに足りなかった力を持っている。

そこで決めた。物流パートナー × 資源循環パートナー × リステージ。3社で、新しい仕組みをつくろう。

ここから、新しい協議が始まった。

つながったその先に、未来がある。

第8章|最後のピースとの出会い。

欲しいものが違う。
だから、組める。

DIFFERENT NEEDS CREATE A STRONGER WHOLE.

資源循環パートナーと話を続ける中で、あることに気づいた。

リステージも、資源循環パートナーも、このビジネスから収益を生み出したい。しかし、「利」とするものが違う。

リステージが集めたいのは、リユースできる物品。資源循環パートナーが強いのは、金属資源と廃棄物。そして、物流パートナーが持っているのは、全国をつなぐ物流の力。

欲しいものが競合していない。むしろ、お互いの足りないものを補える。

その時、私は確信した。「これは、最強のタッグになれる。」

異なる強みが出会えば、もっと大きな価値をつくれる。

第8章|最後のピースとの出会い。

リステージに
足りなかったもの。

WHAT RESTAGE NEEDED.

リステージには、現場をこなす力がある。商品を集める力がある。仕分けする力がある。運ぶ力がある。販売する力がある。そして、オークションがある。

しかし、大手企業と対等に付き合い、さらに大きな仕事をしていくためには、足りないものがあった。社会的信用力。

資源循環パートナーには、高い社会的信用力がある。法令や資源循環への知見がある。

そして何より、リステージという会社と向き合ってくれた。「リステージの力を、どう使えば新しいビジネスになるのか。」一緒に考えてくれる。

一つの仕事だけを見るのではなく、そこから、いくつものビジネスを生み出していく。単なる取引先ではない。一緒にビジネスをつくる仲間。

この出会いによって、リステージが目指せる未来は、さらに大きくなった。

人とつながることで、ビジネスは、もっと大きくなる。

CHAPTER 09

分けたからこそ、もう一度ひとつになる。

第9章|分けたからこそ、もう一度ひとつになる。

会社の形は、
目的ではない。

THE FORM OF A COMPANY IS NOT THE GOAL. 2026年|次のリステージへ

急成長するために、会社を分けた。あの時は、それが必要だった。

しかし、次のステージで必要なものは変わった。資源循環パートナーとの本格的な提携。大手企業との協業。全国規模の環境ビジネス。そして、リユースの社会インフラへ。

これから必要なのは、会社としての規模。社会からの信用。強い組織力。

だから今度は、分けた会社を、もう一度ひとつにする。分社化が間違っていたからではない。その時、そのステージに必要な形へ変える。

4畳半の一室だった時代から、リステージはずっとそうしてきた。

そして、リステージオークション株式会社として、次の成長へ。

変わるのは形。変わらないのは、想い。

CHAPTER 10

2026年、現在地。

第10章|2026年、現在地。

4畳半から、
ここまで来た。

FROM A 4.5-MAT ROOM TO TODAY.

始まりは、八王子の古いマンションの4畳半。一台のハイエース。そして、一人。

そこから現在――社員22名 + アルバイト7名。

拠点は、日本橋浜町本社。東京会場|DPL三郷。大阪会場|舞洲センター。

一人でハイエースを走らせていた商売が、社員が働き、大型トラックが行き交い、全国から商品が集まり、多くの企業とつながる会社になった。

でも――まだ、完成したとは思っていない。

小さく始めた一歩が、大きなつながりをつくった。

第10章|2026年、現在地。

一人で、ここまで
来たわけではない。

NOT ALONE. WE ARE HERE TOGETHER.

この道のりには、いつの時代にも、一緒に戦ってくれた人がいた。

父から、商売の入口をもらった。そして、「思ったことや事業の構想はノートに書け」と教えてもらった。

同業者から、古物オークションや横浜の古物市場を紹介してもらった。

物流会社との出会いから、商社グループの会社へつながった。取引先の部長から、「チーム働きバチ」を教わった。

会社が立ち行かなくなった時、「あきらめるな。何しろ復活しろ。」と助けてくれた人がいた。

会社が潰れそうな時にも、残って一緒に戦ってくれた社員がいた。朝まで、オークションを支えてくれた仲間がいた。電子化に挑戦してくれた人たちがいた。大阪の再建を、一緒にやってくれた人たちがいた。

物流パートナーとの出会いがあった。資源循環パートナーとの出会いがあった。そして今も、一緒に戦ってくれている社員がいる。

決断したのは、私だったかもしれない。でも、一人では何一つ実現できなかった。

今は会社を離れている人たちもいる。考え方が合わず、別々の道へ進んだ人もいる。

人がつながるから、未来はつくれる。

CHAPTER 11

これからリステージをつくる人たちへ。

第11章|これからリステージをつくる人たちへ。

3つだけ、
持っていてほしい。

THREE THINGS TO CARRY WITH YOU.

これから、リステージがどれだけ大きくなっても、この会社で働く人たちに、持っていてほしいものがある。

01
人のつながりを大切にする。

リステージの転機は、いつも人との出会いから始まっている。一人では、ここまで来られなかった。人とのつながりを大切にし、仲間と協調して仕事をする。

02
機会を逃さない。

できるかどうかを、何度もシミュレーションする。どうすれば成功できるのか。成功する方法を考え抜き、成功への道筋を編み出して、まず挑戦する。会社の転機はいつも、突然やってきた。その機会をつかめるよう、考え続け、準備し続ける。

03
いかなるものも、売上に変える。

「できません。」「売れません。」「価値がありません。」そこで終わらせない。誰かが不要だと言ったものに、もう一度価値を見つける。方法がなければ考える。売り方がなければつくる。いかなるものも断らず、売上に変えようとする貪欲な姿勢。それが、リステージの原点。

人がいる。機会がある。どんなものにも、価値がある。

CHAPTER 12

そして、5年後。

第12章|そして、5年後。

もう一度、
舞台へ。

TO THE NEXT STAGE.

5年後。リステージオークションは、単なるオークション運営会社ではない。さまざまな企業と連携し、環境ビジネスを行っている。

オークションは、業界のスタンダードとして認識されるプラットフォームになっている。

リユース業界に入った人が、ここで商品を学び、相場を学び、仕入れを学び、販売を学ぶ。仲間と出会い、商売を学び、生計を立てられるようになる。

そして、物流会社、商社、メーカー、不動産会社、金融・リース会社、引越会社、全国のリユース企業……さまざまな企業とつながっていく。

社会に必要とされ続ける、リユースの社会インフラをつくる。

第12章|そして、5年後。

あの日、
看板を眺めていた自分へ。

TO THE ME THEN, WHO LOOKED AT THAT SIGNBOARD.

毎日、限界までトラックを走らせていた。今日の売上。ガソリン代。次の仕入れ。明日の仕事。そんなことばかり考えていた。

横浜市港南区の大通り。毎日目に入った「リステージマンション」の大きな看板。きれいな海辺と、パラソル。その看板を見る時間だけは、少し癒された。

あの頃は、今日のガソリン代を稼ぐことに必死だった。

今は、仲間たちと、「リユースの社会インフラをつくる」という未来を見ている。

あの時、看板を眺めていた自分。今、ここまで来ることができた。

いつか、こんな場所に行きたいな。

第12章|そして、5年後。

一人で、
ここまで来たわけではない。

WE ARE HERE TOGETHER.

会社が潰れそうになった。仕事が突然なくなった。撤退した。人が辞めた。失敗した。考え方が合わず、別々の道へ進んだ人もいる。

それでも――いつの時代にも、一緒に戦ってくれた人がいた。

父がいた。取引先の部長がいた。助けてくれた社長がいた。社員がいた。オークションを支えてくれた仲間がいた。電子化に挑戦してくれた人たちがいた。大阪の再建を一緒にやってくれた人たちがいた。物流パートナーとの出会いがあった。資源循環パートナーとの出会いがあった。そして今も、一緒に戦ってくれている社員がいる。

決断したのは、私だったかもしれない。でも、一人では何一つ実現できなかった。

今この会社で働いている皆さんも、すでにこの物語の登場人物です。

これからも、一緒に。

第12章|そして、5年後。

ここまでが、
私たちが歩いてきた道。
ここからは、
私たちがつくっていく道。

TO THE NEXT STAGE.

この物語の先には、今はまだ存在しないページが生まれていく。

それをつくるのは、私一人ではない。一人で始まった。でも、一人ではここまで来られなかった。

リステージの物語は、まだ途中だ。次のページをつくるのは、私たちだ。

―― 高鉾 龍

何度でも、もう一度、舞台へ。

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